ロボットは泣かない

ほやほやニートです。あっちにふらふらこっちにふらふら。

黒い鳥籠

早くも2連休最終日の夕方になりました。

今回も新幹線の中で記事を書いてます。ちょくちょく窓から外を見るとあっという間に景色が移り変わって、戻りたくない場所へ運ばれているということをヒシヒシと実感しています。

 

今いる鉄の監獄から出たら、外には広い空間が広がっています。人はみんなそこを自由に行動することを許されますよね。だけど私はいつも窮屈さを感じてしまうんです。本当は自由なのかもしれないけど、そう感じられないのは私が自分の考え方に囚われているからなのでしょうか。

今いる環境から抜け出したいなら行動に移せばいいだけのこと、と言われたらそれまでですが自分の意思を明確にできないことにはなかなか…。

 

よく人生設計を考えてそれを叶えるためのプロセスを更に考えることが重要だ、と私たちに発破をかけるようなメッセージが本やテレビ、SNSなど様々な媒体を通して伝えられてきます。

でも自分がどうなりたいかって理想が描けない場合ってどうするんでしょう。あくまで現時点ですが、結婚にも子供にも興味がないんです。もちろん仕事のステップアップなんてなおのこと。やりたい仕事、興味ある仕事なんてのもない。 

 

私が興味あるとすれば占い、心理など仕事にしていくのは難しい部類なんですよね。

あとは水商売です。大学生のとき居酒屋のバイトと掛け持ちしてホステスも3年ほどしてました。どちらのバイトも何故だが中学のときに、大学生になったら絶対するという思いがありました。本当に謎の決意をして、それを実際に叶えて何を得たかと問われればそれを語るのは難しいけれど、私は楽しかったです。

バイトと正社員の違いもあるかもしれないですけど、大学生のとき私は働くことが間違いなく楽しかった。

仕事に楽しさは必要ないと個人的には思うんですけどね。でも時々過去の自分が羨ましくなったりします。かと言ってあの時と同じように水商売ができるかといえば決してそうではない、そういう直感もあります。

どうして?なんで?って自分に問いかけても答えは出ないし、もしかしたら答えを得ることは目的ではないのかもしれません。

 

 

 

なんだか最近、過去を振り返ることが増えたような気がします。と言っても私には思い出す過去なんて少ないんですけどね。きっと《現在》を生きていないんでしょう。

今夜、久しぶりに友人と電話する予定なのでちょっと気持ちのモヤモヤをぶつけてみようかと思います。寝不足で日に日に頭が回らなくて支離滅裂なこと言いそうですけど。笑

いつもよくわかんない文章読んでくださってる皆さんもありがとうございます。