ロボットは泣かない

探しものはいつもいつも見つからない。

今日も私は嘘をつく

スポンサーリンク

本日の苦行(仕事)を終え、今は新幹線に乗って実家に帰っている最中です。家に着くのは11時くらいでしょうか。3時間もかかるなんて、全くとんでもないところに転勤させられたものです。

 

本当は最後の出勤日になる予定だったのに

私の4月時点の予定では、6月末で仕事を辞めるつもりだったんです。6月は有休消化でボーナスもらってトンズラ計画です。ですが、いつもお世話になっている先生(例の不思議な力を持っている方。下記の記事にちょこっと書いてます。)に止められ、泣く泣く断腸の思いで今の仕事を続ける道を選びました。

 

私が神様を写真に収めた話 - ロボットは泣かない

笑顔の仮面をかぶって - ロボットは泣かない

 

一度辞める方向に気持ちが固まっていたものだからこの1カ月は本当に苦しかった。

でも退職を止められて、不本意ではあっても自分の意志を曲げたのは私自身だから、所詮はその程度の決意だったのでしょう。

 

 

生きることに向いていない

過去を振り返るといつもそうでした。周りから何を言われようと自分の意志は曲げない、というような信念が私には欠けていました。それは本当に心から何かを渇望したことがないせいかもしれません。本気で何かを成し遂げようという思いを抱けないから努力ができなかった。それを言い訳ととる人もいるかもしれないですけどね。

興味関心、意欲、向上心、競争心、反骨精神、そういった人生におけるモチベーションの欠如が今の私の現在につながっているのでしょう。

 

必要があれば、人前で悔しがることも涙を流すこともありました。だってそうすれば相手からの印象が良くなって、自分にとって都合がいいから。私の都合のいいように転がってくれてればそれでいいという思いがあったから、いくらでも打算的な行動がとれた。でもそれは野心あるポジティブな行動ではなかったです。例えば、自分の地位の向上を目的とするのなら、それは意欲と見ていいと私は考えてます。私は上司からの好感度や出世には興味がないし、自分が中心になりたいとも基本的に思わない。いざという時に周りの手を借りることができるようにという、来るかどうかもわからない未来の備えのために、私は必要な自分を演じていました。嘘ばっかりです。

 

でも器用じゃないから演じてるうちに「これ、本当に悲しいって思ってるのかも。」って演技なのか素直な感情なのか、だんだんわからなくなってくるんです。能動的に悲しみを表現するフリで本当の自分の弱さを隠そうとする。演技を隠れ蓑にして本心を悟られたくない。

『悲劇のヒロインになる』と『悲しみにくれる自分』は私の中では意味が全然違います。

なーんてややこしいことを考えてるから自分で自分がわからなくなるんですよね。考えるのやめたい。

 

それにしても寝不足で書き殴ってるから話がまとまらないですね。なんとなく荒れてるというか、心が乱れてるというのは伝わると思いますが。

こんな殺伐とした私ですが、新幹線の隣に座ってる外国人が優しくて少しほっこりできました。荷物を上にあげようか?ってジェスチャーしてくれただけだけど。

久しぶりに自然と笑顔になれた気がします。

ありがとう、ジョニー。(仮名)